(『サンパウロ新聞』 1997年8月19日付)

〜 第3回「日本杯」レースD 〜
「日本杯」レース結果 ミスダンスが優勝 南井騎手のファリゼマは8頭中7着
 南井騎手は7レースに騎乗し、掲示板に4回

 第3回「日本杯」レース(サンパウロ・ジョッキークラプ、日本中央競馬会=JRA、サンパウロ新聞社主催)出場のため来伯した南井克己騎手は16、17の両日、同ジョッキークラブで「日本杯」を含む計7レースに騎乗。栄光のトップでのゴールはならなかったが、2、3、4、5着と上位入賞を果たし、目の肥えたファンをうならせた。なお「日本杯」はヴァルドミロ・プランジ騎手が騎乗する4番人気のミスダンス号が優勝、南井騎手騎乗のファリゼマ号は7着だった。

 16日午後4時半スタートの第6レース。実況アナウンサーの「ジャポネース・カンピオン」の声と共に、南井騎手がサンパウロの競馬ファンの前に初めて姿を現した。スタンドからの声援を受けながら、騎乗馬エンタープライズレディー号を本馬場に導く表情はやや硬い。初めての環境の中でのレース。騎乗経験は1万2千回を超えるベテランとはいえ、緊張するのも当然だろう。

 馬券発売が長引き、しばらく待たされた後のスタート。一瞬出足でもたついたが、無理せず集団の後方内側につけ、4コーナー手前から徐々に他の馬を交わし始める。長い直線に入りムチを入れると、馬もそれに応えて伸びを見せ、堂々の3着入り。8頭中6番人気という低評価の馬を、技術と気力で上位に押し上げた。南井騎手はリラックスした表情でパドックに引き上げ、「直線は良く伸びたね」と笑顔ものぞかせた。

 初騎乗を無事に終え、緊張の糸もほぐれた様子の南井騎手。続いて手綱を取った第9レースでは絶好のスタートを切り、道中は好位4、5番手をキープ。騎乗馬アットザアウトセット号の反応も良く、直線で気合いを入れると鋭い伸ぴを見せ、先頭に迫った所がゴールだった。これも10頭中6番人気という低い評価の中での2着。「日本人ジョッキーは非常に腕がいい、勝利まであと一歩でした」。レース後の場内アナウンスが鳴り響いていた。

 翌17日にも第9レースで4着、第12レースで5着と掲示板に着順が上がり健闘を見せた。しかし同日の第6レースとして開かれた第3回「日本杯」は、出走馬8頭中7着の結果に終わった。

 小柄なファリゼマ号の手綱を握った南井騎手は、「日の丸」の勝負服に身を包みゲートに向かった。しかし他の馬がスムーズな走りを見せるのに比ベ、ファリゼマ号だけはスタートから南井騎手が懸命に気合いを入れるのにもかかわらず行き脚が付かない。さらにカーブで外に膨れる悪い癖を出し、4コーナーの位置取りは最後方。直線で必死に追い上げようとしたが、このクラスで通用するには馬が力不足だった。続く重賞レース「サンパウロ市長大賞」でも好位置で流れに乗った最高の騎乗を見せたが、馬に力がなく直線ではズルズルと下がる一方だった。

 これまでの河内洋、岡部幸雄騎手と同様に、南井騎手も騎乗馬に恵まれたとはいえない。レースの実況アナウンスでも「日本人騎手の馬は気性が悪い」とのコメントが再三聞かれた。しかし、最後まであきらめない根性とエネルギッシュな騎乗ぶりで、7回の騎乗中4回の上位入線を果たす大健闘を見せた。

 初めてのブラジル、初めての競馬場。「ブラジルを楽しみたい」と語っていた南井騎手は18日、帰国前の空港でサンパウロや競馬場の印象を次のように語っている。「サンパウロは大都会なのでびっくりした。地下鉄にも乗ってみたが、とてもきれいだった。日本ではこういったことはわからないからね。競馬場もきれい、コースも広い」。また最後に「ブラジル人はラテンアメリカの人らしく、陽気で楽しいね」と笑顔で付け加え、さっぱりとした表情でサンパウロを後にした。

 南井騎手の全レース結果は次の通り。

◆16日

▽ 第6レース=3着(8頭立て6番人気、単勝16.1倍)

▽ 第9レース=2着(10頭立て6番人気、単勝12.0倍)

▽ 第12レース=11着(14頭立て8番人気、単勝20.0倍)

◆17日

▽ 第6レース「日本杯」=7着(8頭立て3番人気、単勝3.8倍)

▽ 第8レース・重賞「サンパウロ市長大賞」(GV)=11着(13頭立て5番人気、単勝7.5倍)

▽ 第9レース「リマ・ドゥアルテ氏俳優生活50周年賞」=4着(8頭立て2番人気、単勝2.7倍)

▽ 第12レース=5着(9頭立て4番人気、単勝4.6倍)

(『サンパウロ新聞』 1997年8月19日付 コラム「モザイク」)

 南井騎手の名前は、競馬人気のある日本では広く知られている。企業駐在員の小川健一、知子さん夫妻は子供たち3人を連れて「日本杯」レース当日に駆け付けた。「南井さんのデビューは私の大学卒業と同じ年なんです。ジョッキーというと私には気難しいような印象があるけど、去年の岡部さんと同様にとても気さくな感じ」と、サインをもらい記念写真に収まった。ただ実際に会ってみて「目は鋭いですね、勝負師ですからね」。

 セルマル・ロボ調教師は、サンパウロ・ジョッキークラブで6年連続して勝率が一番高い名トレーナー。つまり、それだけ馬の管理が上手ということ。そのロボ調教師は、「私の馬に乗って欲しかった。良い馬がたくさんいるのに」と南井騎手に語りかけ笑った。なぜ騎乗依頼をしなかったかというと「頼み方がわからなかった」。せっかくの日本からのお客さま、強い馬に乗ってもらわなくては失礼にあたる。もったいなかった。

小生は昔、こんなものを雑誌と日本語新聞に載せちゃいました
▽ ブラジル、南米競馬関係 ▽ 第1回「日本杯」レース ▽ 第3回「日本杯」レース ▽ 「長良川花火大会」
 記念レース
▽ 第4回「日本杯」レース
1997.5.20 1995.11.22 1997.6.27 1998.5.30 1998.8.13
1998.1.21 .11.24 .8.13 .6. 2 .8.18
.3.18 .11.25 .8.15
.8. 5 .11.28 .8.16
.12.21 .8.19